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「地球のために」とは?


「地球のために」なんていうこと自体が

人間のエゴなのではないだろうかと思うようになりました。


私がこう思った理由は2つあります。


まず1つ目は、地球は怒りも喜びも悲しみもしないということ。

火山の噴火や地震を地球(大地)の怒りにたとえることはありますが、

これも人間が勝手にたとえたのであって、

実際に地球が怒っているわけではありませんね。

だから、いくら私たちが「地球のため」などといったところで、

地球は怒りも喜びも悲しみもしない。

本当に地球のためになっているのか、それともありがた迷惑なのか、

はたまたなんとも思っていないのか、それすらも分からない。

つまり、私たちの「地球のため」という言葉は、

私たちの憶測でしかない。

地球のためになるのだと予想して行動し、

さらに結果さえも地球のためになったと想像して

満足することしかできないのです。



次に2つ目です。

私は当サイトにて「地球のためにできること」というコンテンツを

書いています。

ですが、私がこのサイトを運営するに至った動機を簡単にまとめると、

「私の見ていた風景が無くなってしまうのは寂しい」

「後世にも私の見ていた風景を残してやりたい」ということです。

これのいったいどこが地球のためでしょう?

単なる私自身の感情や願望です。

「地球のためにできること」などといっておきながら、

結局は私自信の欲求を満たすことが目的なのです。


世間や世界では様々な環境問題が叫ばれていますね。

それに対して対策も講じられています。

これら環境対策は地球のためでしょうか?

私たち人間のためのものではないでしょうか。


温暖化、砂漠化、オゾン層破壊…etc

これら環境問題が最終的に招くものは、食糧難や健康被害です。

私たちは自分を守ろうとしているだけではないでしょうか。


もしも今までどおりの生活をしていても、

森や生き物や私たちに影響がなかったとして、

それでも、自然を守ろう、地球を守ろうなどという考えは

起こったでしょうか。


やれ自然だの地球だのと言っていても、

結局、私たちは今になってこの危機的状況に

あせっているだけなのです。

私たち人間が生きるために地球や自然、生物、

その他たくさんのものが必要だというだけ。

そのために問題を解決しようとしているだけです。


つまり、「地球のため」という利他的考えの根底には、

なにかしらの利己的願望・目的が含まれているように思います。

純粋に地球のためだけに行動できるという人が

いったい何人いるでしょうか。



ですが、たとえ私たちのしていることが、

私たちのためであったとしても、

結果として、それが地球のためになったとすれば、

動機が何であったとしても、

地球のためになったことには間違いありません。


私たちは私たちのためにしてきたことで、地球を壊してきました。

だから、今度は私たちのためにすること、

つまり私たち自身を守ることで、地球を助けてやればよいのです。


地球が望んでいるかなど知るすべはありません。

しかし、私たちは憶測であっても

「地球のため」だと信じて、「地球は喜んでくれている」と思って

行動するしかありません。

これが結局私たちの「地球のためにできること」ではないでしょうか。


将来、「私たちのしてきたことに意味はあった」と思える

未来がくれば良いですね。






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